「こみ上げる感情を抑えきれなかった手紙」回天記念館

2006年11月10日

 

 ホームページ制作 大阪 NNAさとうです。

 11月3日祝日 午後1時。

 山口県徳山市大津島にやってきました。カイテン地図

 

 

 

 ここは、人間魚雷回天発射訓練基地のある島です。

 太平洋戦争末期、「天を回らし、戦局を逆転させる」という想いを込めて、人間魚雷「回天」は誕生しました。


kaiten

 

 

 


 回天模型

この兵器は、魚雷に大量の爆薬を搭載して、隊員自らが操作して敵艦に体当たりするという特殊兵器です。

隊員の訓練基地が置かれた大津島。

彼らのほとんどが20才前後の若者でした。

 

kaitengunjin

 

 

 


無料休憩所の養浩館で元回天隊員の話しを聴きました。
隊員はすべて志願兵だったようです。

祖国と愛する人や家族を守るため、彼らは志願したようです。
負ける戦と分かりつつ、志願したと言います。

「アメリカが勝利したら日本人は奴隷となって・・・・」
と当時隊長が隊員に説明した話しを聴きました。

話しを聴いていて、やるせない想いでいっぱいになりました。

kaitenhaka

 

 

 

 

回天記念館に入りました。
隊員の着ていた軍服がありました。20才前後の若者が着ていたとは思えないくらい小さな軍服でした。

隊員の書いた手紙がありました。
血で書いたものもありました。それは愛する人や家族へ宛てたものでした。

私は、手紙を読んでいて、前が見えなくなりました。
何度もハンカチで拭いましたが、どうにもなりませんでした。

どの手紙も最後は感謝の言葉で終わっていました。

上西徳英少尉の手紙がありました。

お父さん
お父さんの鬚は痛かったです

お母さん
情けは人の為にならず

忠範よ最愛の弟よ
日本男子は 御楯となれ 他に残すことなし

和ちゃん
私は海です
青い静かな海は常の私 逆巻く濤は怒れる私の顔

敏子
すくすくと伸びよ
兄さんはいつでもお前を見ているぞ

 

自分の命をかけて日本を守ろうとした若者がいました。

私に何ができるのか。
私は何をすればいいのか。

今、日本でこうして生きていることを心から感謝しました。

 

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Posted by no1_happy at 20:42